剣道の防具、その起源から今に至る進化の歴史

防具の歴史タイトル

さて、前回の記事では、竹刀の歴史についてその起源から今に至る進化まで語ってみましたが、今回は防具です。

稽古方法の変化

室町時代から戦国時代初期の剣術は木刀による形稽古が中心でありましたが、戦国時代に袋竹刀が発明され、実際に打つ事が出来るようになりました。さらに江戸時代初期から中期にかけ面や小手のような簡単な防具が考案され、袋竹刀と防具を使用した試合形式の稽古方法が広まり始めた。

これを竹刀稽古といいます。

この剣術における防具が発明されたおかげで、近代になってから剣道として競技化され、日本の武士の精神と剣術が現代にも継承され、今日まで残っただけでなく、戦前、戦中、戦後と柔道とともに日本国民の精神滋養、健康促進に多いに貢献したので、発明された方の功績は大変大きいと思います。

しかし誰が発明したかは、意外と知られてません。

では、いったい誰が発明したのか、そしていつ頃広まったのか見ていきましょう。

 

発明した人と防具による竹刀稽古が広まった時期

 

現代の形に近い防具を発明したのは、今でも多くの本で直心影流の八代目、長沼四郎左衛門国郷(ながぬましろうざえもんくにさと)と紹介されています。

直心影流とは、正式名称は鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)といい、薩摩藩では「真影流」「薩摩影之流」と呼ばれることもあり、流祖は武蔵岩槻藩永井家、江戸詰の家臣であった山田光徳(やまだみつのり)。この流派はあの袋竹刀を考案した上泉伊勢守が開いた新陰流の系統とも言われています。

この山田光徳からその息子である長沼国郷の時期、正徳年間(1711年 – 1715年)の頃にかけて、竹刀と防具を改良し続け、「個性の異なる各人に、真の心法、理業を会得させる方法は、打合い稽古に限る。しかし烈しい打合いに、互いに傷を受けぬ為には防具が必要である」として、父光徳と共に、面、小手(籠手)、胸当てを発明。国郷の代で今の防具の形として完成をみたため、国郷が発明者とされているようです。

では最初に発明したのは、山田光徳じゃないの?と思うわけですが、さらに彼が防具を採用する前にも、原流派であり師事を受けた直心正統流高橋重冶の道場ですでに竹刀と防具を用いて怪我を防止した稽古をしているところを見て、その竹刀稽古を自分の流派にも導入したと言いますから、それ以前から防具はあったわけですね。

それが具体的にどういうものだったかはわかりませんし、高橋重冶が発明したとも言われておらず、あくまで彼は以前の直心流の素肌で行う稽古から丈夫な防具を使用した竹刀稽古を採用し、安全に稽古する事を考案したとされていますから、元の元はわかりません。

長沼国郷については以下のサイトが詳しいので引用します。

長沼国郷は山田平左衛門(光徳)の三男である。八歳の時から父に剣を学び、造詣の深いことでは当時匹敵する者はない。二十二歳で、高齢である父から独立して芝西久保に道場を構え、多年の間に一万余の門人を教えた。

直心影流が世に鳴り渡ったのは、この人の功績が大きい。

国郷は、韜之形十四本で、手の内は収められるが、個性の異なる各人に、真の心法、理業を会得させる方法は、打合い稽古に限る。しかし烈しい打合いに、互いに傷を受けぬ為には防具が必要であるとして、父一風斎(光徳)と共に、面、小手(籠手)、胸当てを発明した。

今の仕合を本格的に始めたのは、この長沼国郷で、近代剣道の礎をつくった。

このような由来から、直心影流の修業者は防具のことを「ナガヌマ」と呼んでいた。

鹿島神傳直心影流の歴史と道統者

この中の記述にあるように、防具のことを同門の仲間が「ナガヌマ」と呼んでいたということは、きっと彼の考案した防具は今までとは違う代物だったためによく話題に上がっていたのだろうと思われます。

さらに長沼国郷から40年ぐらいたった宝暦年間(1751年 – 1763年)の頃に中西派一刀流の二代目、中西忠蔵子武が防具をさらに改良、鉄面をつけ、竹具足式の剣道具(防具)を用い、中でも胴を充実させ、袋竹刀を竹刀に変えて竹刀で打ち込む稽古(「打ち込み稽古」)を確立したといいます。これによって安全に剣術の稽古に思いっきり励めるようになったため、中西道場は大盛況となりました。

また、この頃大石神影流の大石進(種次)は面を改良し突きに対する安全性を高めたとあり、従来の唐竹面、長籠手、袋竹刀の防具に代えて、13本穂の鉄面、竹腹巻、半小手を使用するようにしたといいますから、この江戸時代後期にほぼ今の防具の形になりました。

以下は、当時の写真です。

当時の防具

出典:Wikipedia 「幕末期の防具(F・ベアト撮影)」

これらの流れを見ても、防具の今日の形の完成に至るまで、実に多くの人がその制作、改良に関わっていることがわかります。

長沼国郷の功績が大きいとはいえ、史実に残っていない人もたくさんいるでしょうから、そういう方たちの尽力に心から感謝したいですね。

 

現在の防具

 

剣道の麺

<各部の名称>

面金(めんがね)

人間の急所とも言える大事な顔にあたる部分を保護するために、面の前面に装着された格子状の金属の部分のことを言います。長い間、一般的には鉄が使用されていました。

しかし現在では合金の中でもジュラルミン、ステンレスが主流になり、高級品としてはよくチタンが採用されています。チタンは、重さは鉄の半分しかないのに強度は鉄と変わらないといった特性があり、今のところ面金の素材としては最適といえます。

内輪(うちわ)

面をかぶったとき、ちょうど顔の輪郭に沿うように輪となっている部分のことをいいます。面の良し悪しは、この内輪によって決まる部分が大きいと言われています。これは、内輪が一番敏感な顔をはめ込む部分であり、面の装着感を左右するからです。

面垂れ(めんだれ)

肩部の衝撃を吸収している面布団をいいます。

最近この面垂れを短くするのが流行しましたが、あまり短すぎると本来の打突から肩を守るという機能が失われるため、あまり短いと安全性の観点からそのオーダーは受け付けないとするお店も少なくありません。

突き垂(つきだれ)・あご

ちょうど首ののどもとに当る面金の下の部分にあり、突きの有効打突部位をいいます。

牛皮や鹿皮で表面がおおわれ、値段の高い面は、曙光や3~5段飾り等の飾りがほどこされています。安価なものは単に×マーク型に縫ってあるケースが多いです。

 

甲手

剣道の甲手

※「小手」は技を指すとき使い、防具の場合は「甲手」か古くは「籠手」と書きますが最近はあまり気にされなくなってきているようです。

<各部の名称>

にぎり

手をおおう部分をいいます。にぎりには、手の甲の部分と手の内の部分があります。

甲手頭

手の甲の部分をおおっている部分を甲手頭といいます。中には鹿の毛あるいは化繊の綿などが詰められています。甲手頭には指の第1関節、第2関節の曲がり方に合わせてフィットするように工夫されて二段や三段のかがりがついているものもあります。

最近は甲手が手の指に合わせてもっと曲がりやすくするため五段くらいかがりをつけたものも開発されています。

手の内皮

手の内の部分に使用されている皮のことをいいます。きめが細かく、耐久性のある鹿の皮が主に使用されていますが牛革のものもあります。他にも安価なものではクラリーノ(人工皮革)を使用しているものもあります。最近人気の丸洗いできる甲手は後者が使われています。

甲手筒(こてずつ)

手首から前腕部をおおう部分をいいます。また、甲手の有効打突部位です。

甲手けら

にぎりと甲手筒をつなぎ、手首をおおっている部分をいいます。

 

剣道の胴

<各部の名称>

その名の通り、胸にあたるところをいい、打突の衝撃吸収の機能を備えると同時に、曙光、雲飾りなどといわれる、各種のかがりや刺しゅうがほどこされています。この部分は、なめした牛の皮に漆を塗った黒桟革を使用しています。

ここを突くことを「胸突き」と言い、かつて上段をとった場合は、有効打突部位となった時期がありました。

胴台

ちょうど腹にあたる部分のことをいいます。
今は一体成型のファイバー胴が安価のため特に小学生、中学生を中心に普及していますが、有段者や大人になると、値段は高いですが裏竹に水牛の皮を張り、漆を塗って仕上げた竹胴の方が好まれるようです。裏竹の本数は43本から50本、60本、多いものでは70本というものまであります。

胴の塗りは黒が一般的ですが、現在では漆ではなく化学塗料を使った変わり漆など、様々なバリエーションの柄が登場しています。高級なものの中には、水牛の皮の上に鮫の皮を使ったものなどもあります。
剣道の世界では、稽古着等の色を始め、個性的なデザインのものを取り入れる余地が非常に少ないため、唯一自由な選択ができる部分とあって学校ごとに団体戦における公式試合用に個性的な色で統一した胴を使用するケースがよく見られます。

特に伝統ある強豪校は、それを身に付けることで強豪校としての自負とチームとしての結束が強まり、他校の生徒からは一目で自分の学校と識別してもらえるなど、防具の機能には関係ありませんが、多いに意義がある点として認識されています。

 

剣道の垂れ

垂は主に胴を狙った打突がはずれた場合に、大腿部や急所などへの衝撃を防ぐためのものです。

垂の帯には、大垂が3枚、小垂が2枚、大小合計5枚ついています。大垂には3~7段の飾りや、雲型などの飾りがほどこされているものもあり、高級品になるほどその装飾は凝っています。

 

防具を作っているのは誰

江戸時代は、防具の修理はおもに自分でやっていたらしいですが、最初の制作はおそらく町人である職人さんに頼んでいたのだと思います。

今では、剣道の防具の制作を専門にしている職人さんのことを剣具師と言い、彼らは全国剣道具職人会に所属しています。

全国剣道具職人会ウェブサイト

他には全国各所で防具を制作している会社の工場内で作業にあたる技術者さんたちですね。

 

進化している防具

最近は、一番剣道で気になる稽古後にたっぷり汗を吸った甲手の臭いを解消したい人のために、丸洗いできる甲手や道着の裏地がメッシュ素材になっていて通気性が高く汗でべとべとにならないなど、臭い問題も道具選びによってかなり解消されつつあります。

他にも面の面垂れの部分が最初から肩が動かしやすいように柔らかくなっていたり、小手も操作性を向上させるためにぎりの部分の縫い方に工夫をこらしていたり、他にも胴の胴台部分がファイバー製になっており取り外しできていろいろバリエーションをそろえて入れ替えることができるなど、いろいろ進化した製品があります。

以下の最近の剣道用具事情について防具の製作、販売をしている工場をレポートした番組がありましたのでご紹介します。

▼全日本武道具センター TV出演

学生の内は、なかなか自分が100%満足できるような高価な防具は買えないと思いますが、社会人のみなさんは、自分の懐と相談しながら、あなたのお気に入りの逸品をぜひ手に入れてみてください。

休日はそれを眺めながらにやにやしてしまうほどのものを購入した時、「はやくこれつけて稽古してーー!」って思いますよ(笑)

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