大分県17歳少年熱中症死の”真相”

大分県の事件イメージ

事件概要

これは今から7年前、2009年8月22日に起きたとても痛ましい事件である。

7年経過したとはいえ、このサイトでも取り上げるのは、これは全剣道関係者に知ってもらいたい事件だと思うがゆえだ。

場所は、剣道のさかんな地、九州の大分県にある県立竹田高校剣道部で起きた。
主将だった工藤剣太君(当時17歳)が、練習中に剣道場で倒れ、亡くなったのだ。

剣道部は夏休み中も連日稽古を続けるは全国的にもごく普通だと思うが、事件の全様を知って驚いた。

死因は熱中症による多臓器不全だと言うが、果たしてこれが事故などと呼べるのだろうか?

まずは上記報道番組の動画がYoutubeにアップされていたので紹介したい。

一連の流れをまとめた情報として次のサイトが良いので紹介する。

■教育ひろば
大分県立竹田高校剣道部員熱射病死亡事件

以下はさらに事件のリアルな詳細について書かれているサイト。あとでゆっくり読んでほしい。
大分県剣道部員死亡事件① – スポーツペアレンツジャパン

この事件が事故と呼ぶにはあまりに違和感を感じる異様な点が、監督者である顧問S、副顧問Wの行動だ。

問題は、顧問Sによる赴任前の学校からあったという日常的な体罰なのだが、事件のおきたこの日の状況はまさに尋常ではない。

剣太君に他の部員よりも約1時間半にわたって水分補給することなくきつい稽古を強いた上、「演技じゃろうが!そげん演技せんでいいぞ!」などと言い続け、「もう無理です」と助けを求めているにも関わらず「まだできるやろうが!」などと言い強制で続けさせ、体が「く」の字に曲がるほど蹴ったり意識障害を起こすほど何度も壁にぶち当てたという。

その時剣太さんは、竹刀を落としたのに、そのまま竹刀を構えるしぐさを続けるというすでに熱射病となっている異常な行動をとっているが、それを演技とこの顧問は切り捨てた。

そして、とうとう倒れて動けなくなったところに馬乗りになって「そういうのは熱中症じゃねぇ!目を開けろ!演技するな!」と言いながら何度も平手でたたくという常軌を逸した行動をとっている。

そして剣太君を真夏の日中に倒れたままの状態で1時間以上もほったらかしにした後、仕方なく救急車を呼ぶという顛末。その間、副顧問Sは一度も静止することなくただ傍観。

総合病院に搬送されたが、治療のかいなく数時間後、目は乾ききって閉じることもできず、大きな前歯は1本折られ、変わり果てた姿で剣太は息をひきとったという。さらにこのような状況に至った経緯を医師が知らなかったためか「単なる熱中症と誤診し、全身冷却など必要な医療をおこなわなかった医療ミス」も重なったことが最悪の事態を招いた。

 

それにしても何より特にこの顧問Sの教育者とは到底認められないその人格について一言のフォローも思い浮かばない。その経緯に絶句する。

病院にかけつけた両親を前にしてろくな謝罪の言葉もなく、「その日はそんなに厳しい稽古でなかった」と言い張る自己正当化の言葉を繰り返し、通夜の席でさえ自己の暴力行為について「気付けのためにやった」という言葉ぐらいしか出てこない。この良心の呵責さえ感じない態度は何なのだろうか?

教育者どころか人間として失格である。

この男は七段だったというが、可能ならば剣道連盟にただちにその段位を取り消してほしいところだ。

行政及び法的処分の現状

2013年3月21日付朝日新聞東京本社版夕刊によると、民事裁判では、大分地裁は2013年3月21日、顧問の不適切対応と病院の医療ミスを認め、大分県と豊後大野市に対し約4656万円を支払うよう命じる判決が下りてはいるが、この元顧問ら2人の過失責任は認定されたものの、国家賠償法に基づき、公務員個人は責任を負わないとの判断によって、結局の二名は、免職にも金銭的負債も全く負っていないのだ。

大分県教育委員会がこの二人に下した処分は、顧問Sに停職6カ月、副顧問Wには同2カ月の懲戒処分という軽いもの。

下記 heppoko runnerさんのブログの情報によると副顧問Wは、すでに復職し、竹田高校とは別の高校で教壇に立っており、顧問Sは現在、県の施設に勤務しており教職には復帰していないが大分県職員の身分に変わりはないということだ。
大分地裁、教師の過失責任認め原告勝訴判決言い渡す

 

母親の奈美さんは「(顧問ら)公務員個人にも責任を負わせるべきだ。ペナルティーがあれば、生徒が死ぬまで部活動をやらせるような教員もいなくなる。これ以上の犠牲者を出さないでほしい」とその想いを裁判において意見陳述しており、父親とともに「2人には重大な過失があった」として、県が負担した賠償金を2人に補填(ほてん)させるよう裁判闘争はいまだ続いている。

竹田高剣道部事故裁判、証人尋問の日程決まる

以下のヘロさんのブログでは、この事件への怒りとともにこの顧問の実名と悪行もつづられているのでこの人物の被害に合いたくない方、怒りを覚える方はぜひあとで読んでほしい。

 

体罰について

どうやらこの顧問の体罰の証拠らしい生々しい映像が上がっていたので見てみよう。

いかがだろうか? この指導に教育愛を少しでも感じるだろうか?

こんな指導を許していた学校側の責任は否めないだろう。

荒い稽古で知られる九州だからこそだろうか? 少なくとも関東でこんな指導を小、中、高の各学校でしていたらすぐ問題になるはずだ。

全国の剣道部でも、もしこのような無意味に蹴ったり殴ったりするような体罰をもって指導をされる先生、師範がいるとするなら、ただちにやめていただきたい

そしてそれを生徒のみなさんも受け入れる必要はない

素直に保護者に相談し、このような指導を改めるよう学校側に提訴すべきだ。

 

ただし誤解を生むかもしれないが正直このサイトの管理人も昭和世代なので、教育の一環として体罰そのものは全否定しない。その理由はコラムにてまとめてみた。

体罰のおかげでまともな生徒は安全だった

自分の経験では、高校時代学年に一人はいたおっかない先生が学内の不良どもを時にはどうしようもないあぶない生徒には体罰で抑え込んでいてくれたおかげで、不良どもが学校内で幅をきかすことがなく、自分たち普通の学生が安全で楽しい学校生活を送れたという経験がある。

そして卒業式のその先生へのお礼参りは、それはそれで一般生徒含めエンターテイメントのイベントみたいな雰囲気で、あるのかないのか大きな話題として盛り上がっていたぐらいだ。

暴力的な奴には理屈は通じない。世間の道理を教えるのに、また言うことを聞かせるのに、体感による暴力でしか効かない奴もいるということを暗黙の了解でまだ全体がわかっていた時代だ。

その証明に、卒業式の時にあったのは、お礼参りの乱闘が起きるどころか、なんと不良どもから先生への感謝の言葉。

それを聞いた先生の言葉は「お前らのお礼参りを覚悟して今日卒業式に挑んだが、まさかお礼の言葉を言われるとは思わなかった・・(ちょっとほろっと涙がにじんでた)」という涙と感動のサプライズで終了だった。

平成の今はそんな金八先生みたいなドラマチックなことにはならないのだろう。

これはそのおっかない先生に教育愛がちゃんとあったからこそ終わり良しとなったラッキーなパターンである。

私が体罰を全否定しないのはそういった経験があり、昨今の全否定の風潮により、先生は生徒になめられまくって授業が成立しなかったり、不良やいじめっ子が調子にのって幅をきかせたりすることになっていないかという懸念からだ。

自分も小学、中学の時代に2~3回程度だが先生から怒られぶたれてとても頭にきたが、やっぱり先生は怒らすと怖いという部分が根底にないと、子供は言うことなんて聞かないものだ。

参考までに体罰全否定に対する危機感がわかるラジオやテレビ番組があったので後で時間のある人は聞いてみてほしい。
松本人志 体罰禁止の社会に危機感 【問題は親なんです】
坂上忍 教師の体罰は必要

と体罰について全否定はしないものの、少なくとも剣道を教えるのに、教育的指導含めても体罰は全く必要ない

ここで言っている体罰は、素手で殴る、ひっぱたく、足で蹴る、などの行為のことだ。

そんなことをせずとも剣道では普通に、地稽古で体当たりして相手をぶっ倒すことが認められているし、殴りたければ竹刀で防具の面の上からいくらでもたたけばいい(それだけで十分痛い)。しごきたいなら、かかり稽古でもなんでもいくらでも真っ当な稽古の方法がある。

殴る、蹴る、ひっぱたくといった体罰は本当に、指導側の「俺はお前らを強くするためきびしく鍛えてやっているのだ。むしろ感謝しろ!」という優位に立つものとしての自己満足を満たすエゴ、または自分の日頃のストレスなどの憂さを晴らす手段(楽しみ)に過ぎない。

はっきりいって指導者として無能だという証拠だと思った方がいい。

 

あとこれは管理人の個人的意見だが、たまに見られる「組み打ち」と称する顧問の指導についても以下に言及したい。

組み打ちと称する指導について

稽古で地稽古のラストにシゴキの仕上げみたいな形で「組み打ち」といって竹刀を捨てて取っ組み合いをしてこの事件にもあった生徒に馬乗りになって面の上から小手でボコボコ殴るような指導をする先生が中学時代に一人いたが、

あれは無意味だと思う

組み打ちは試合で使わないからという理由だけではない。鍛えているつもりなのか何のつもりかわからないが、本当に無意味だ。

先生に対する恐怖と怒り、不信しか生まない。

心も鍛えたいとか武道としてのきびしさを教えたいとかお偉い先生方はいろいろ最もらしいことをのたまうのであろうが、全く理解できない。

今は、剣で生きれた戦国時代でも、かろうじて剣術の腕で身を立てられた江戸時代ではないのだ。

また技量だけでなく、疲れていない体力のある先生や師範側が圧倒的に組み伏せて終わるケースがほとんどなだけに、どうみてもただの自己満足と体罰にしか見えない

自分がそう鍛えられたおかげで自分は強くなれたとか言いそうだが、それを自分の教え子にもやるのはやめてほしい。

親にひどい仕打ちにあった子が親になった時、同じく自分の子供に同じことをするそれと何ら変わりない。

いまどき時代にそぐわないこの「組み打ち」を稽古でやる先生がいまだにいるのかは知らないが、せいぜい大学生を含めた成人男子による道場内での有段者同士の稽古や警察剣道内部の稽古ぐらいにすべきではないだろうか。

ただし道場の方針で古武道の技術として組み打ちを丁寧に後世への技として教え、怪我しないようにここまでやったら喧嘩であるなど最低限の作法というかルールを決めて、稽古するのはありだと思う。

しかし実際はただ流れの中で先生や師範が一方的にやるケースが大半だ。

少なくとも自分が見聞きした経験ではちゃんと教わった人など見たことも聞いたこともない。

先生も組み打ちをしたいなら、それについても一方的にやるのではなくちゃんとなぜやるのか、生徒側もどうやったら良いのかちゃんと教えてほしい。

さて話は戻るが、体罰について、元巨人軍の桑田真澄さんの言葉を動画で聞いてほしい。

桑田真澄「体罰では決して強くならない、不要だ」

スポーツの世界においても不要との意見だが、まったく同感である。

この記事を剣道の先生方が読んでいる場合、また過保護な生徒の親がなんか言ってくるからやめてくれとか思うかもしれないので追記しておこう。

あなたが真に自分の信念に基づく、生徒を心身ともに強くしてやりたいという教育愛による指導であれば、体罰か、そうではなく私心(エゴ)によるものなのかはどうかはそれを受ける生徒側が一番よくわかっている。

例え体罰に見えるような指導があってそれを第三者が批判したとしても、生徒側が先生や師範を擁護してくれるだろう

もし擁護してくれなかったとしたら、あなたの教育者としての愛情が不十分だったということで反省すべきだ。

そもそもどんなに普段きびしい稽古を強いる先生や師範でも本当に生徒の成長と将来を想っているのであれば、生徒がぶっ倒れてあぶなそうならすぐにかけよって介抱するか、休ませるはずだ。

 

そして生徒諸君へ。

自分の友達が疲労の極限に達して倒れていて本当にあぶなそうなのに、先生や師範がほったらかしにしていた場合についてだが・・。

どんなに先生や師範が怖くても勇気を出して、あなたが助けてあげてほしい。すぐにかけよって、様子をみてあげてほしい。

それを見てもし怒って、そんな奴ほっとけ!などと言うような先生や師範に従う必要は一切ない。

聞く耳を持つ必要はない。

尊敬する必要もない。

指導者として失格だからである。

そいつらは教育者の仮面をかぶった偽善者であり、唾棄すべき人間である。

 

そんな人間よりも未来を担う君たち若者の方が何十倍も大切なのだ。

 

剣太君は若干17歳でこの世を去った。

とてもいい青年だったことは卒業式で彼の名前を呼んでほしいと訴えた従妹や友達の言葉、そして写真の中の屈託のない笑顔からも伺いしれる。

 

剣道界で、二度とこんな事件を起こしてはならない

 

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